【第3回】組織の人材ビジョンを描く

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組織の人材ビジョンの位置付けを第2回で紹介した氷山モデルを使って説明する。多少強引な所もあるが議論のつながりを整理するためにご容赦頂きたい。

第1回では『人材育成テーマの変遷、人材の見える化の指針」』と題して、成長時代/停滞時代/混迷時代の三つの時代でのテーマの変遷を示した。停滞時代に「急がせすぎてしまった」という事は、氷山モデルでいうと、知識/技量(スキル)に偏重し詰込式で推し進めてしまった育成と言える。目先の業務への対応に役立ち易い、かけた時間に応じてそれなりの効果を望み易いという事を考えると致し方ない結果とも言えるが、時間をかけて効果が出るまで待つ必要がある行動特性(マインド)がないがしろにされてしまった感がある。

この行動特性(マインド)の重要性が再認識されてきているというのが、第2回の『人材要件を定義し、ハイパフォーマーの行動を探る』で述べたことである。
そして、今回の組織の人材ビジョンでは、より深層の思想・価値観について触れていく。

(図) 氷山モデル

組織の人材ビジョンの必要性

第2回ではハイパフォーマーとなるための人材要件をその人の成長過程における各ステージでの行動特性で表現することで、各ステージにいる人に合ったお手本を示し、自身の振り返りが出来るようにするという進め方を紹介した。

こうした行動特性を身に着けることで個人のパフォーマンスは上がる。但し、それが組織のパフォーマンスとなると一概にイコールとはならない。ハイパフォーマーを束ねるために底流に流れる思想・価値観としての組織の人材ビジョンが不可欠である。

ここで人材ビジョンはいわゆる組織の在りたい姿であるビジョンの一要素、もしくは前提条件として位置付けている。

ソニーの前身である東京通信工業株式会社設立趣意書に以下の文言がある。
「一、 真面目なる技術者の技能を、最高度に発揮せしむべき自由闊達にして愉快なる理想工場の建設」
「一、従業員は厳選されたる、かなり小員数をもって構成し、形式的職階制を避け、一切の秩序を実力本位、人格主義の上に置き個人の技能を最大限に発揮せしむ」

これは会社設立の目的、経営方針の中の一文であるが、正に人材ビジョンを示したものではないだろうか。「真面目なる技術者の技能を、最高度に発揮せしむ」、「個人の技能を最大限に発揮せしむ」という辺りには、創業者のひとりである井深氏の「技術することの深い喜びを感じ、技術者としてこう在りたい」という人材ビジョンを強く感じる。

こうした人材ビジョンを明示することで、ハイパフォーマーになることの意義を明確にし、束ねていくための指針とする事が出来る。単なるハイパフォーマーの集団では個人商店の集まりになってしまい組織としての力を発揮できない。

組織の人材ビジョンは人材育成を中長期的に意味あるものにするために不可欠なものである。創業期には創業者の思いを込めた人材ビジョンが存在していても、時間の経つ中で風化したり変質したりしてしまっているケースは多い。また、掲げた人材ビジョンとは異なる思想・価値観が蔓延してしまっているケースもある。

組織の人材ビジョンを描き、共有し、共感を得る。個人の価値観や労働観が多様化している中、組織の人材ビジョンの重要性は高まってきている。

意識の変化を見える化する

では、どうやって人材ビジョンを構築したら良いのか?アプローチはいろいろ考えられるが、現状を把握するのが第一歩である。現状とそこに至った要因を理解するための手法を一つ紹介する。

上図で横は時間軸を、縦は変化の対象を示している。交差する各枠に書かれたものが、その時その対象で起きた出来事やそこに在った雰囲気・考え方である。

時間軸は対象やあぶりだしたいテーマに応じて変えるが、人材ビジョンというテーマであれば、ロールモデルとなる人物像が確立される創業期は含めたい。縦軸は、基本的には広い範囲から段々に絞る感じで人材ビジョンとつながる個人にまで落し込んでいく。
客観的である意味無責任な意見も言い易い上段から始めて、段々本音を出しつつ個人の領域へと進めて行く。

上図の例では、「愛社精神、一体感」が「縄張り意識、無関心」に変化した転回点はなんだったかをあぶりだそうという所で止まっているが、こうした見える化から一番右の将来の在りたい姿を考え、そのための行動を起こすための共有・共感を醸成するというのが、この手法のハイライトである。

「過去の人材ビジョンを復権させる」、「外部環境や自社・自部門の変化に合わせて在りたい個人の意識を描く」といった方針を打ち出し、過去からの変化を踏まえて何をどのぐらいの時間をかけて行うかを検討していく。

現在の姿は、過去からの様々な出来事の積み重ねである。こうした変化を辿ることで、何が本当に大切にしたいことだったのか、時代への対応の中で失ってしまったものは何かが見えてくる。

シンプルだがパワフルな手法である。大事なのは本音が出るまで待つこと、率直に質問し率直に応える事。時間を取ってまったりと、是非試して頂きたい。

執筆者略歴

山田 竜也

電通国際情報サービスを経て、iTiDコンサルティング創業メンバーとして参画。幅広い業界の業務プロセス・意識改革を含めた組織変革コンサルティングを手掛ける。事業ビジョン構築、チーム運営力強化等のコンサルティングのほか、イノベーション人材の育成プログラムを中心とした各種セミナーの講師を務めている。

※このコラムは執筆者の個人的見解であり、iTiDコンサルティングの公式見解を示すものではありません。
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