電通総研HRフォーラム2025「スペイン・ビジャレアルにおける人材育成と組織改革」(佐伯夕利子さん) イベントレポート 公開日:2025年06月24日(火) 「電通総研HRフォーラム」は弊社主催の人事向けイベントです。2025年6月6日開催「電通総研HRフォーラム2025」のテーマは“「はたらくを変える」の新常識~個を活かす人事~”。多様で新しい働き方、企業変革・人材育成の課題や取組みなど、豪華講演者を迎え、人事に関する最新動向をお話し頂きました。 本コラムでは、その中で参加者アンケート満足度99%を獲得した佐伯夕利子氏による講演「スペイン・ビジャレアルにおける人材育成と組織改革」について、株式会社電通総研 人事戦略本部 今村 よりご紹介します。 ※note「(イベントレポート)HRフォーラム2025「スペイン・ビジャレアルにおける人材育成と組織改革」(佐伯夕利子さん)」(2025年6月9日公開)より転載 今回は先日開催された電通総研主催の人事向けイベント「HRフォーラム2025」のセッション「スペイン・ビジャレアルにおける人材育成と組織改革」についてご紹介します。 スピーカーの佐伯夕利子さんは、スペインのプロサッカークラブ「ビジャレアルCF」の指導者で、現在は「フットボールマネージメント部」にてクラブ経営にも携われています。 2020年から2024年までは日本のJリーグの理事も務められ、サッカー番組「フットブレイン」等様々なメディアにも多数ご出演されているので、サッカーにご関心のある方はご存じの方も多いかと思います。 私が今回のイベントの企画に関わっていた関係で、ダメもとで佐伯さんをスピーカーとして推薦させて頂いたことがご登壇のきっかけだったのですが、まさか本当に実現して、リアルでお会いしお話をお聞きできることになるとは本当に光栄で貴重な機会でした。 私の中では常々「サッカー」における人材育成と企業における人材育成は、多くの共通点があり親和性が高いと感じており、今回もまさにそんな視点での本質的な部分をお話頂きました。 私の限られたボキャブラリーで表現するとその圧倒的でスバラシイ内容はなかなか伝わり切れないのですが、できる限りご紹介します。 目次人口5万人vs人口500万人選手の市場価値を高める育成改革のポイントヒエラルキーを問い直す個が輝き活きたとき はじめてチームは機能する 人口5万人vs人口500万人 プレゼンではまず、今回のテーマである人材育成と組織改革を開始したそもそものきっかけ、コンテクストをご紹介頂きました。 ビジャレアルはサッカー大国スペインのトップリーグの一チームでホームタウンの人口は約5万人。一方で、同じリーグに属する世界のビッククラブであるレアル・マドリードやアトレチコマドリードがあるマドリード州は人口500万を超える世界的な大都市圏。そんな100倍もの人口規模の差があるメガクラブと同じリーグで生き残っていくためにはクラブとしてどうあるべきかを考え、その中で「育成型クラブ」を目指すことになったとのこと。 ただ、その大前提を理解することも重要で、単に育成を目指す、という方向感の裏には、スペインにおいてサッカーのプロになれる確率が「0.038%」という現実があり(ということはほとんどの人はプロになれない)、仮にプロになって活躍したとしても引退後5年で自己破産する確率が60%という様々なリアルな要素を飲み込んだ上で、この方向を目指すことになった、そしてそれに向けて取り組んでいることの意味を理解することの難しさ、重要性を伝えて頂きました。 選手の市場価値を高める クラブ運営の中で選手の移籍金というのも大きなクラブ収益の柱であり、それがゴール、目的ではないにせよ、時に育成の結果として多くの移籍金をクラブにもたらすこともあります。ただ、それは決して計算できることではないので、前述したように「ほとんどはプロになれない」という前提では、「プロ」になるその手前の「プロセス」に関わることを大切にしつつ、あくまでも目指すのは選手の成長であり、市場価値を高めることだと理解しました。 ちなみに2024年のバロンドール(世界年間最優秀選手)の受賞者であるロドリ選手はビジャレアル出身であり、成果が見えにくい人材育成にあって、ビジャレアルの取り組みの方向性に勇気を与えるものでしたし、クラブ自体もヨーロッパチャンピオンズリーグというクラブの最高レベルの大会に来年は出場することを見れば、圧倒的で説得力のありすぎる結果がそこにはあることも本当に素晴らしいです。 育成改革のポイント 具体的な取り組みの中で、最初に取り組んだのは「指導者改革」で、特に「指導者」というスポーツの世界ではアンタッチャブルになりがちなその存在自体を改めて見つめ直して「育成とは?」という問いに常に向かいあったとのこと。その中でも、 選手は「マグネット」ではなく「人間」であり、意志・感情・血の通った存在として尊重すべきであるという「人間観の転換」 指導者は「意思を持つ”人的環境”である」「ファシリテーター」として学習機会を創出し、選手の可能性を最大化することが使命である」という「指導者の役割」の再認識 を通じて、組織文化の変革を進められたとのことでした。 特に後者については、まずは指導者自身が自分を知ることが大事ということで、自分の胸にアクションカメラとピンマイクをつけ、選手の表情や会話を記録する取り組みを行い、後で映像を見返して、「この選手は私と話をするとき、目線をそらしがちだな。発言したくないというメッセージなのだろうか?」などと分析していった事例もご紹介頂きました。 企業におけるマネージャー研修のプログラムの一部で、チームメンバーへのフィードバックの風景を撮影し自分で見直す、なんてことを経験されたことがある方もいらっしゃるかもれませんが、あれを日常で実践するというのは、なかなか覚悟のいることだなと感じます。 また、指導者は「学習の源泉」であり、「多様な学習機会の提供する役割」である点についても強調されていました。この点はまさに一般の企業運営の中でも取り入れていくべき視点であり、個人的にはこれからの人材育成のあり方として絶対に欠けてはいけないポイントだと思います。 ヒエラルキーを問い直す こうした取り組みを進める上で大きな障壁になるのが組織のヒエラルキーの問題で、そのヒエラルキーを問い直すための取り組みもとても興味深いものでした。 指示 → リクエスト 叱責 → 交渉 命令 → 合意形成 懲罰的(ピューニティブ) → 人間的(ヒューマナイズ) といったマインドセット、スタンスを変えるために使う言葉を変更するといったことを行ったり、ミーティングでの机の配置を見直し、所謂レクチャー方式から丸テーブルに変更したりも実施されたとのこと。 また、「主語の転換(Shift in Focus)」という言葉の置き換えを行い、一つひとつの取り組みの方向付けを組織文化に落とし込む仕掛けもとても実践的だと感じました。(とはいえ言うは易し・・・ですが) チーム → 選手 勝利 → 成長 組織 → 個 成果 → 進化 個が輝き活きたとき はじめてチームは機能する 最後に、日本語の「育成」という言葉の素晴らしさを以下のように引用され、「個が輝き活きたとき はじめてチームは機能する」という、それまでご紹介頂いた内容を改めてなぞりながら、共感性の高いメッセージにてプレゼンを締めくくられていました。 「育成とは、羽ばたきゆく彼らを羽包み(はくくむ)、伴走すること」 「学習とは(“習”の字は)、真っ”白”なキャンバスに”羽”を授けること」 文字に落とすとどうしてもその熱量やメッセージ性が薄れてしまい、佐伯さんのプレゼンの素晴らしさをすべてお伝え出来ないのは大変もどかしいのですが、佐伯さんの熱量と洗練された言葉によって、佐伯さんをはじめビジャレアルの皆さんのチャレンジを続けているその本気度や覚悟は、今回参加された多くの方の心に響いたと確信しています。 イベントに参加されなかった方にも何か少しでもそのエッセンスが伝わっていれば幸いです。 佐伯さん、改めてありがとうございました! 執筆者略歴 株式会社電通総研 人材戦略本部 担当部長/ISO 30414リードコンサルタント/アセッサー 今村 優之 大手電機メーカーを経て、1999年に株式会社電通国際情報サービス(現:株式会社電通総研)入社以来、人事制度の企画、人材育成体系の再構築、働き方改革の推進責任者等、人事関連業務に幅広く従事。近年は人的資本データ活用の社内プロジェクトを立ち上げ、人的資本経営の取り組みを推進し、ISO 30414の認証取得を主導した他、人的資本経営支援サービスの開発にも携わっている。世界最⼤の⼈材・組織開発団体であるATDの日本組織の理事も務める。ISO 30414リードコンサルタント/アセッサー 元の記事はこちら