【第3回】企業人事制度からHRテックをみる

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ポイント

  • タレントマネジメントと人事制度には密接な関係がある
  • 経営戦略実現のために、人事戦略に基づいた人事制度が必要になる
  • 人事制度にかかるデータをITシステムを利用して収集・分析することで、経営戦略遂行、タレントマネジメントに効果を発揮することはもちろん、ESG投資等の新しい潮流にも対応可能となるだろう

1)タレントマネジメントと企業人事制度

前回はタレントマネジメントについて、効果や説明責任の面からの必要性、具体的な導入ステップ、HRテックとの関係について論じた。個人の特徴に着目して人材を最大限に活かすタレントマネジメントは、人事戦略及びそれに基づく人事制度により、人事施策として具体化されていき、説明責任を果たすことも可能になる。そもそも企業内で従業員が活躍するのは、その企業の風土及び人事制度の枠内である。すなわち、企業人事制度は、タレントマネジメントの前提といえる。
最近のHRにおける大きなテーマであるリーダーシップを例に取れば、必要な資質や経験は、人事戦略や人事制度から導き出される。そうした資質や経験にマッチする人材を見つけたり、育成したりするのがタレントマネジメントである。同時に、育成や活躍の土壌は、人事制度にある。

2)経営戦略実現のための人事戦略と企業人事制度

ここ数年、「経営と人事」という言葉を頻繁に目にするようになってきた。従来、ヒトこそ企業経営に重要と言われてきたものの、それが意味するのは、終身雇用制の下で福利厚生を充実させるということであった。しかしながら、VUCAと言われる不透明な時代にグローバルに競争していくためには、経営戦略を実現していく人材が必要で、必要な人材を揃えていくための人事戦略や戦略を具体化する人事制度が求められている。
例えば、グローバル化は多くの企業で経営戦略上の重要課題と言われる。どのような人材が何人程度必要であるかは、各社の経営戦略によって異なってくる。どのような時間軸の中で、内部育成と外部採用のいずれを選択するのか等は、経営戦略を踏まえた人事戦略である。また、人材に対して、研修や採用にどの程度の投資を行い、キャリアパスや処遇をどう規定するのか等は、人事戦略を具体化した人事制度・施策の問題である。

3)企業人事制度のデータ

HRアナリシスというと、タレントマネジメントのための個人データが対象とされることが多い。最近では、AIに関する議論も盛んになり、ウェアラブル端末から得られる個人データ分析の研究も散見される。一方、人事制度のデータについては、議論に上ることもあまりない。経営戦略実現のためには、人事戦略及び人事制度が重要であり、人事制度は財務業績にも影響を与えていると考えられる(筆者は、働き方に関する施策と財務指標の相関をとるという研究を大学院で行い、有意な結果が得られた)。働きやすさ、ダイバーシティ、人材開発等の人事制度についてのデータと、売上、利益、時価総額等の財務指標についてのデータの関係を経年的に比較できるようなデータベースが、企業人事制度を経営戦略実現の観点から客観的に捉える上で有効だと考える(当社は、各企業から上記のような人事制度に関するデータをご提供いただき、その分析レポートを作成するサービス「HRデータベース」* を実施している)。

4)ESG投資と企業人事制度

CSR報告書等の非財務の開示項目としても、従業員に対する人事制度の記述が見られる。しかしながら、何が重要か、何が財務に影響を及ぼすかについてのコンセンサスがないため、記述にはかなりのバラつきがある。
最近では、ESG投資(Environment, Social, Governanceに着目して投資対象を選択)が注目を浴びるようになってきており、人事制度はSocialの要素の中核をなす。例えば、現在ホットなテーマに、働き方改革がある。働き方改革の目指すところの一つは、生産人口が減少していく少子高齢化社会において、柔軟な働き方を可能にして労働力を確保するという人手不足への対応である。同改革のもう一つの目的は、グローバル化やデジタル化という大きな変化の中で必要とされる多様な人材の獲得である。従来の日本企業の多くは、男性を中心とした同質的な集団を働き手とし、画一的な人事制度で対応してきた。しかしながら、働き手にダイバーシティが進めば、働き方もそれに対応した柔軟性が求められ、人事制度も働き方改革に対応するような柔軟性が必要になってくる。ESGに関しては、投資のための情報として、一部でインデックスも導入されているが、まだ十分普及しているとは言えない。
人事制度に関するデータを収集・分析するデータベースの作成・利用は、CSR報告書等作成に役立ち、ESG投資に対するアピールにもなろう。

タレントマネジメントのための個人データと、経営戦略を前進させる人事制度のデータが両輪となって、財務データと連携し、HR分野でデータが活用されていくことが望ましい。そのためのインフラとして、HRテックの重要性が益々高まっていくと考えられる。

図:タレントマネジメント鳥瞰図

*HRデータベース

HRデータベースは、企業の組織・人事制度を定量的に分析するものです。

各企業の組織・人事制度の特長を財務データとの関連で見たり、経年比較・他社比較ベンチマークすることを可能とします。
個人データと合わせて、タレントマネジメントに活かしていくことも期待されます。

執筆者略歴

篠崎 隆氏
株式会社ISID
ビジネスコンサルティング ユニットディレクター

野村證券の経営企画及び法務セクションを経て、米国系人事コンサルティング会社で経営者報酬コンサルティングビジネスに携わる。現職では新たにデータを利用した人事に取組んでおり、人事部門の体制についても知見を持つ。2015年より、一般社団法人研究産業・産業技術振興協会の研究会委員を務める。
日本証券アナリスト検定会員。東京大学法学部卒業。Harvard Law School修了(LL.M)。多摩大学院ビジネスデータサイエンスコース修了(経営情報学修士)。主な共著に、「米国のコーポレート・ガバナンスの潮流」(商事法務)、「コーポレート・ガバナンスと企業パフォーマンス」(白桃書房)、「OECDコーポレート・ガバナンス」(明石書店)、「経営者報酬の実務詳解」(中央経済社)等。

※このコラムは執筆者の個人的見解であり、ISIDビジネスコンサルティングの公式見解を示すものではありません。
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