【第1回】企業と従業員、温度差の真因は何処に?

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一億総活躍社会の実現に向け安倍内閣が進める最大のチャレンジ「働き方改革」。
性別や年齢、個々人が抱える様々な社会的側面や就労環境によらず、一人ひとりのニーズにあった“働き方”を実現するための取り組みが本格化する中、成果を得る企業がある一方で、その結果に“働き方”の主役である従業員は少なからず疑問を抱えていることが浮き彫りになっています。

各企業は“働き方”を改革・改善するため、「残業時間の適正管理」、「多様な働き方の導入」、「従業員の心身の健康管理」、「キャリア開発支援の強化」等を主な施策と定め、業務プロセスや従業員の行動の可視化による労働生産性向上や副業の推奨、在宅勤務やテレワークの導入等、実現のための様々な工夫を凝らしていますが、必ずしも従業員にはメリットの実感が得られず、両者の間に温度差が生まれているのは何故なのでしょうか。また総務省・内務省による統計によれば2060年には人口の4割が65歳以上となり、健康寿命は20年延びるという予測が発表されています。これに伴い65歳以上でも働き続けたい人が6割以上との調査結果もあり、まさに“燃え尽きないで長く働く”新たな時代に必要な、より“心地よい働き方”とはいかなるものなのでしょうか。

我々のコンサルティング現場でも、企業の主導する「働き方改革」に巻き込まれた従業員の多くが、不満足を通り越して、寧ろ疲弊していると見受けられることが少なくありません。このコラムでは千差万別の従業員一人ひとりが最も高い労働生産性を発揮するために「人の“持ち味”」に着目し、いわば企業にとっての“働かせ方”を再考することから、従業員の“心地よい働き方”を実現するアプローチを考えてみたいと思います。

「生産性向上」の狙い

そもそも政府の進める「働き方改革」の狙いとはどのようなものでしょうか。首相官邸のHPに掲載されている「働き方改革実行計画(概要)」の冒頭に記されている基本的な考え方には「働く人の視点に立って抜本改革を行い、生産性向上の成果を働く人に分配する(要約)」とあり、成果の再分配による「需要拡大」や「消費の押し上げ」という言葉からも経済成長・再生に主眼が置かれていると言えます。
次に働き方改革のキーワードともいえる「生産性向上」の定義の観点からも確認してみましょう。働き方改革で言う「生産性向上」の生産要素は“人”なので「労働生産性向上」と言い換えることができます。「労働生産性向上」とは、「成果に対する1人当たりの費用の低減を通じた時間当たりの価値の増大」であるので、働き方改革の最も重要な成果である「労働生産性向上」のためには、成果を得るための投下資源(人員・人件費・時間)を如何に低減するかが重要ということになります。つまり政府の考え方も、言葉の定義の観点からも「生産性向上」の最大の狙いは、再分配のための経済的な成果を得ることと言えます。

視点の偏りだけが原因か?

「働き方改革」は2016年度末の計画決定により、2017年度から各企業での取り組みが本格化し、既に国内企業の過半数以上が何らかの取り組みに着手したとされていますが、その結果に満足している従業員は3割未満という調査結果が報告されており、更に調査によれば各企業の実施施策のトップには「長時間労働抑止」が挙げられています。一方、「働き方改革」の目的としては、経済的側面からの「生産性向上」だけでなく、「従業員の心身の健康向上」や「エンゲージメントの満足度の向上」が挙げられており、各企業とも従業員とのWin-Winの実現の必要性が認識されていますが実態はどうでしょうか。
「働き方改革」の取り組みは増加の一途の状況ですが、実際に足を踏み入れてみると各企業独自の判断で既に様々な取り組みを進めているケースも少なくありません。それらの企業の多くに共通しているのは、従業員の“不満足”というより、“疲弊”という表現が当てはまります。言葉は悪いですが「枠に当てはめる時短」、「押し付けのワークライフバランス」、「勢いだけの女性活用」、「裁量のない裁量労働」等々、矛盾が全て現場にしわ寄せとなって降りかかっているこの状況は、結果的に企業、従業員双方に新たな不利益を生んでしまっているとも言えます。
前述の通り、これまでの「働き方改革」の実態は、主に企業・組織の視点から経済的成果を得るための様々な施策の実行に比重が置かれていたこと、加えて枠にはめることで成果を改善するアプローチが主流だったことが従業員の“不満足”の大きな原因だと考えられますが、それ以外にも「生産性向上」を阻害する従業員の“不満足”の原因はないのでしょうか?

“働き”の構造から見えてくるもの

従業員の“不満足”の真因を探るためにも、改めて“働き”の構造を考えてみましょう。
組織における「労働生産性」は従業員一人ひとりの“働き”の結果の集積なので、人単位での“働き”の構造を表してみたいと思います。
これまでの「働き方改革」が、主に企業・組織の視点から経済的成果を得るための様々な施策の実行に比重が置かれていたことは既に確認しました。更に取り組みの対象の観点で見ると、我々に寄せられる各企業からの相談の内容は、その殆どが④、⑤を施策の対象と考えているのが実態です。一方、成果への関連・影響の観点から考えると、①から⑤の全ての要素により“働き”は左右されることから、「生産性向上」を図るために必要な④、⑤以外の対象が、「働き方改革」の視点から抜け落ちていることが、従業員の“不満足”に繋がる一つの要因と考えられます。また“働き”への影響度の観点からみても、④、⑤に対する改善・改革は、寧ろ末節の要素であり、従業員一人ひとりへの③の与え方が、より組織の「生産性」への影響が大きいと言えるでしょう。

異なる視点、アプローチが必要

“働き”構造のうち、企業が戦略実現のために独自の定義や仕組みとして用意するものは主に③と④ですが、④が企業、事業・機能組織、業務機能等の単位で共通のものとして存在するのに対し、③は従業員一人ひとりの単位で存在します。
④に対する改善・改革は、いわば最大公約数的な合理性を追求するアプローチで、100%でなくとも出来るだけ多くの対象者に「生産性向上」が見込まれるような施策を選択することになりますが、③は対象となる、職務・役割・ミッションと個々の従業員一人ひとりとの個別のマッチングの合理性が求められることになります。
これまで③の取り組みは「働き方改革」、「生産性向上」という視点ではなく、「タレントマネジメント」という視点で取り扱われてきました。しかし“働き”構造からみた場合、このマッチングは「生産性」にも大きな関りがあります。さらにこのマッチングは、個々の従業員の“持ち味”(=①・②)をより深く理解し、自分の職務や役割、ミッションに対する「心地よさ」や「誇らしさ」といった感情的・感覚的な付加価値の充足、つまりエンプロイー・エクスペリエンスの視点が「生産性向上」の鍵となります。そのためには、より深く個々の従業員の“持ち味”を理解し、一人ひとりの“持ち味”を十分に生かせるマッチングを提供することに加え、様々な人材マネジメントの場面での、一人ひとりに合わせたカスタマイゼーションのアプローチが必要となると言えます。

執筆者略歴

中村 俊樹氏
株式会社クニエ
Human Capital Management チーム シニア マネージャー

出版事業会社の企画及び情報システム部門を経て、外資系総合コンサルティングファームへ転身。人事コンサルタントとして人事部門機能再編、業務改善・プロセス設計、人材要件定義を中心に、システム企画・導入、人材情報活用支援までの幅広い領域にわたる一貫したコンサルティングを展開し、2016年より現職に至る。
近年ではタレントマネジメント、人材アセスメントを中心とした人事領域のサーベイ・分析、働き方改革推進などを中心にサービスを展開。人事領域だけでなく、企業・組織に関わる“人”を対象に、広くICTを活用した課題解決に取り組んでおり、主に自動車、運輸、流通、メディア・情報サービス、その他製造業等を中心に、人事における『幅広い』領域において知見と経験を有する。

※このコラムは執筆者の個人的見解であり、クニエの公式見解を示すものではありません。
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