【第3回】スキルベースは「ジョブ型2.0」ではない

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はじめに

第1回では、人事DXが「管理」から「意思決定支援」へ転換しつつあること、第2回では、その前提となる「AI Firstな人事データ」の考え方についてお話ししました。
こうしたお話をすると、多くの企業から決まって返ってくる言葉があります。
「うちはまだジョブ型への移行が終わっていないので、スキルベースはその先の話ですね」
ジョブ型雇用への移行に取り組む企業が増える中、「まずジョブ型を完成させ、ジョブディスクリプション(JD)を整備し、その次のステップとしてスキルベースへ」という段階論で捉えている企業は非常に多いと感じます。

しかし、結論から申し上げます。
スキルベースは、必ずしもジョブ型の「先」にあるものではありません。
ジョブ型とスキルベースは、進化の一本道の上に並んでいるのではなく、そもそも設計思想が異なる、別のアプローチです。そしてこの誤解こそが、日本企業のスキルベース人事への着手を、数年単位で遅らせている最大の要因だと考えています。

「ジョブ型→スキルベース」という段階論の罠

なぜ多くの企業が「ジョブ型の次にスキルベース」と考えるのでしょうか。
理由は理解できます。スキルベース人事には、ポジションの要件定義が必要です。要件定義といえばJD。JDといえばジョブ型。だから「JDが整備されていない自社には、まだ早い」という論理です。

この論理には、2つの問題があります。
1つ目は、「ジョブ型の完成」を待っていると、永遠に始められないことです。
ジョブ型への移行は、等級制度、報酬制度、評価制度、採用、労使合意まで含む大改革であり、大企業では5年、10年かかることも珍しくありません。さらに、制度を導入した後も、職務の定義や運用を継続的に見直していく必要があります。そのため、多くの企業で、管理職層まで導入したが、様々な課題に直面しているのが実態ではないでしょうか。その完成を待ってからスキルベースに着手するのであれば、着手は2030年代になってしまいます。
2つ目は、より本質的な問題です。
ジョブ型を「完成」させたとしても、その先にスキルベースの仕組みが自動的に現れるわけではないのです。
これは第2回でお話しした、「見える化を積み上げても、データ活用は自然発生しない」という構造とまったく同じです。静的なJDを何百件と整備しても、それはスキルベース人事の部品にはなりますが、スキルベース人事そのものにはなりません。
実際、私たちが日々お会いする企業からも、こんな声を伺います。

「ジョブ型は昨年度から導入した。いまはスキルベースへの移行に向けて約500件のスキルを手作業で整理しているが、人力でやるにはクオリティに限界を感じている」
― サービス業・人事制度改定担当

ジョブ型を導入した企業が、その次にこの壁にぶつかります。つまり、ジョブ型の導入自体は、スキルベースに必要な基盤を何も用意してくれないのです。

(図1:「ジョブ型 → スキルベース」は一本道ではない)

ジョブ型とスキルベースは、設計思想が異なる

では、両者は何が違うのでしょうか。
ジョブ型の発想は、「職務という箱を静的に定義し、そこに人を当てはめる」ことです。
まず職務ありきで、職務の価値に基づいて等級と報酬が決まり、その職務要件を満たす人が配置されます。組織設計の単位は「ジョブ」であり、人はジョブに従属します。

一方、スキルベースの発想は、「人と仕事を、スキルという共通言語で動的に照合する」ことです。
単位は「ジョブ」ではなく、それを構成する「スキル」まで分解されます。1つの仕事は複数のスキルの束であり、1人の人材も複数のスキルの束なのです。だからこそ、「このジョブの経験者」でなくても、「構成スキルの8割を持ち、残り2割は3ヶ月で習得可能な人材」を見つけることができます。

つまり、ジョブ型が「箱の設計」であるのに対し、スキルベースは「照合の仕組み」です。
箱をいくら精緻に作っても、照合の仕組みは生まれません。逆に、照合の仕組みがあれば、箱が多少曖昧でも運用は始められます。
ここで重要なのは、スキルベースにとってJDは「前提条件」ではなく「アウトプットの1つ」でもあるということです。
現場マネージャーへのヒアリングからポジションに必要なスキルを構造化できれば、JDはそこから生成できます。「JDがないからスキルベースができない」のではなく、「スキルベースのアプローチでJDを作る」ことができるのです。この順序の逆転が、AI時代の大きな変化です。

海外は「ジョブ型の限界」からスキルベースに向かった

もう1つ、見落とされがちな事実があります。
欧米でスキルベース組織(Skills-Based Organization)が注目されているのは、ジョブ型が進化した結果ではなく、ジョブ型の限界への反省からだということです。
欧米企業は、まさにジョブ型の完成形を運用してきました。精緻なJD、職務評価、ジョブグレード。しかしその結果、次のような硬直性に直面しました。

  • 事業環境の変化にJDの改訂が追いつかない
  • ジョブの境界が壁になり、人材の流動性が下がる
  • 「ジョブの空き」がないと人を動かせず、成長機会が制限される
  • 仕事の中身は変わっているのに、箱の定義だけが残る

だからこそ、「ジョブを解体(deconstruction)し、スキルとタスクの単位で人と仕事をつなぎ直す」という潮流が生まれました。Josh Bersin氏をはじめとする海外のHR研究者がスキルベース組織を提唱する文脈は、ジョブ型の次のステージではなく、ジョブ型の硬直性を乗り越えるためのオルタナティブなのです。
この事実は、日本企業にとって重要な示唆を持ちます。
欧米がジョブ型の完成形から「解体」に向かっているのだとすれば、ジョブ型移行の途上にある日本企業が、わざわざその完成形を経由する必要があるのか、という問いです。

(図2:スキルベースへの道筋 ― 欧米と日本の違い)

日本企業は、むしろスキルベースと相性が良い

意外に聞こえるかもしれませんが、私は日本型雇用は、スキルベースとの相性がむしろ良いと考えています。

「ジョブ型の単純適用ではなく、スキル分解によって、役割を複数人で柔軟に担う運用をしたい」
― 住宅設備関連企業・人材開発部門

これは、ある企業との議論で出てきた言葉ですが、日本型組織の実感をよく表しています。
第一に、日本企業には職務を跨いだ異動・配置の文化がすでにあります。欧米のジョブ型組織では「ジョブの壁」を壊すことが最大の難所ですが、日本企業にはそもそもその壁が低い。人を動かすこと自体への組織的な抵抗が小さいのです。問題は、その異動が「勘と経験」で行われてきたことであり、スキルという共通言語が入れば、日本的な柔軟な人材流動は一気に強みに変わります。
第二に、メンバーシップ型の長期雇用は、育成投資と相性が良い。スキルベースの本質は「今できること」の照合だけでなく、「これから習得できること」まで含めた判断です(第1回で述べた、配置・育成・採用の一体化です)。長期雇用を前提とする日本企業ほど、リスキリングを織り込んだスキルベースの運用から得られるリターンは大きくなります。

つまり、日本企業に必要なのは「ジョブ型を完成させてからスキルベースへ」という遠回りではありません。
メンバーシップ型の柔軟性を残したまま、スキルという共通言語のレイヤーを重ねること。等級制度や職能資格制度を壊す必要はなく、並走させればよいのです。

それでも残る課題 ― スキルの共通言語を誰が作るのか

ここまでお読みいただくと、次の疑問が浮かぶはずです。
「ジョブ型を待たなくてよいのは分かった。では、スキルの定義自体は誰がどう作るのか」
ここでも、現場の声をご紹介します。

「スキルベースで案件アサインを決めたい。しかし各部署でスキルマップを作ろうとすると膨大になりすぎる。『設計』一つとっても分野ごとに別のスキルマスタが必要で、着手から半年、ほとんど進んでいない」
― エンジニアリングサービス企業・人材戦略部門

実はここにも、JD整備と同じ罠があります。自社でスキルマスタをゼロから作ろうとすると、粒度が揃わない、作った瞬間から陳腐化する、更新する人がいない、という壁に必ずぶつかります。静的な辞書を人力で作るという発想自体が、静的なJDを人力で作る発想と同じだからです。
現在の解決アプローチは、外部の大規模なスキル体系(スキルオントロジー)を基盤とし、AIが職務経歴や評価コメント、AIインタビュー(第2回参照)から各社員・各ポジションのスキルを抽出・構造化し、事業の変化に合わせて動的に更新し続ける、というものです。
freecracyが提供するタレントインテリジェンスプラットフォーム『TalentsForce』も、このBuilt on AI型のアプローチを採っており、ジョブ型移行の完了を待たずにスキルベースの運用を始める企業を支援しています。

まとめ

スキルベースは、「ジョブ型2.0」ではありません。
ジョブ型が「箱の設計」であるのに対し、スキルベースは「人と仕事をスキルで照合する仕組み」であり、両者は別のアプローチです。欧米はジョブ型の硬直性への反省からスキルベースに向かっており、ジョブ型移行の途上にある日本企業は、その完成を経由せず、直接スキルベースに進むことができます。
「ジョブ型がまだだから、スキルベースはまだ早い」のではありません。
「ジョブ型が途中だからこそ、スキルベースから始める」という選択肢があるのです。

執筆者略歴

国本和基

freecracy株式会社
代表取締役社長兼CEO

米国オクラホマ州立大学卒業後、アビームコンサルティング入社。メガバンク・事業会社にて財務及びIT領域においてコンサルティングを行う。大手事業会社に転職後、PMとしてヨーロッパでのM&Aや東南アジアでのERPシステム導入プロジェクトを行う。その後ベトナムにて教育・メディア・IT事業を行うKijin Edutainmentを立ち上げ4年間の事業運営後、日系大手教育企業へ売却。渋谷を拠点とするHRTechスタートアップの東南アジア拠点を立ち上げるも、自分のサービスを作る為退社。
HRTechに特化した2社目のスタートアップであるfreecracyにて、データドリブンな採用プラットフォーム『freeC』をはじめ、優秀エンジニアのみの開発事業『DX Studio』、Built on AI型タレントインテリジェンスプラットフォーム『TalentsForce』を運営。
米国公認会計士。
著書:『2030年の人事部』、『エンジニアリソース革命』 

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このコラムは執筆者の個人的見解であり、電通総研の公式見解を示すものではありません。